築330年の京町家

 17世紀の半ばから、18世紀の始めにかけて上方と呼ばれる京都、大阪を中心に発展を遂げた元禄文化江戸幕府五代将軍・綱吉の時代に、鎖国政策や幕藩体制の安定もあり、町人を中心に日本独自の美しい洗練された文化が華開いた時代でもあった。井原西鶴松尾芭蕉近松門左衛門といった文芸人が活躍したのもこの時代のことであ る。

 京都市上京区下長者町にあるすっぽん料理のお店「大市」。元禄年間の創業以来、当代で17代を重ねるすっぽん料理の老舗である。6間半の大きな間口を持つこの建物は、1軒の家屋のようでありながら、それぞれ左右に独立した架構をもつ珍しい形態。写真左側(南側)の主屋棟は元禄年間の創業以来、約330年間、創建当初の姿をそのまま現在に伝える貴重な京町家である。

 庶民が2階建てを建設することを禁止されていたこの時代にあって、中2階形式の町家は大変珍しく、きれいな卯建(うだつ)を備えているところからも相当立派な町家であったことをうかがい知ることが出来る。外側の柱に数カ所ある刀傷は、武士がいたずらに町家を切りつけた跡であるらしく、そういった部分も今となっては歴史を感じさせる。

 志賀直哉の長編小説「暗夜行路」にも登場する、「大市」の内部空間に目を移すと、そこには初期型京町家ともいうべき、さまざまなデザインが目につく。大きな通り庭はそのまますっぽん料理の厨房(ちゅうぼう)として機能的に整備され、天窓や煙抜き、準棟纂冪(じゅんとうさんぺき)といった京町家の基本的な要素も飾り気のない洗練されたデザインできちんと整備されている。今まで多くの京町家を見慣れてきた私にとっても、新しい驚きを感じた空間でもあった。

 豪華な桃山文化や江戸初期の文化の伝統を受け継ぎながら、独自の発展を遂げた元禄時代。町人の粋を肌で感じる貴重な空間として今後も大切に守っていきたい築330年の京町家である。