小さな町家の大きな通り土間

 以前、中京区車屋町押小路上ルに新しくオープンした、ドーナツカフェ「nicotto & mam」。個性的なその店名は、にこやかに笑う「にこっと」と母親をイメージする「mam」からの造語に由来するものだそうである。

 間口2間半(約4.5メートル)、奥行き4間ほどの小さな敷地に建つかわいらしい京町家は、南側に通り庭をもつ典型的な仕舞屋(しもたや)のつくりである。奥には小さな縁側と坪庭も整備されていた。そのプロポーションを見る限り、建造年代は昭和初期頃であると考えられる。全体的によく手入れされており、1階2部屋・2階2部屋という間取りでありながら、内部空間の広がりを感じさせる京町家であった。

 10坪ほどの敷地に建つ京町家には珍しく、間口1間もあるしっかりとした通り土間を内包し、その存在が室内空間の広がりに大きく寄与する結果となっている。小さな町家であるからこそ、あえて逆説的に大きな土間スペースをとることによって、豊かな住まいを創造しようとした先人たちの知恵が感じられる空間であった。

 この土間スペースを生かしつつ、坪庭を効果的に取り込んだ店舗スペースと厨房(ちゅうぼう)構成を計画した結果、その大切な広がりを損ねることなくうまく現代に継承することができた。小さくとも広がりのある空間は、私たちはよく茶室で経験する。そういった感覚を町家再生に取り込むことのできた新しい事例であったと考える。

 オーナーはオーストラリアに6年間滞在した経験を持つ。自ら体験したドーナツのすてきなおいしさを通じて、家族の笑顔を創造したいとの思いを持ちながら、日々、小さな町家の大きな土間で微笑んでいるのである。