粟田口に息づく合掌造り

 ユネスコ世界遺産にも登録されている「越中五箇山の合掌造り」。豪雪地域に適応するために急勾配の屋根を持ち、その屋根裏スペースの有効活用が特徴的な古民家として、現在も多くの観光客でにぎわっている。私自身、小学校3年生の夏休みに、五箇山の合掌造りの中で4日間過ごしたことがある。囲炉裏(いろり)端で食事をしながら、仲間と楽しい時間を過ごし、神社の境内で、「こきりこ節」という民謡を、かがり火の中でみた光景は、今でも忘れることのできないすてきな思い出である。 
 
 先日、左京区粟田口にある「京懐石 美濃吉本店 竹茂楼」を訪れる機会に恵まれた。享保元(1716)年の創業以来、296年の歴史を刻む、京懐石料理の老舗である。美濃国より京都に移り、三条大橋付近に腰掛茶屋を開いたのがその始まりと伝えられており、現在の名前の由来ともなっている。
 
 数寄屋造りの本館と、民芸を基調とした別館の合掌館から構成される「竹茂楼」は全体的に華美な装飾を抑えながら、京の伝統美を感じることのできる空間として、しつらえが施されている。また、本館と別館のそれぞれの対比がうまくバランスをとりながら、上質な接客空間を創出していることは大変興味深い。 別館1階には、囲炉裏が備え付けられた24畳の座敷と15畳の座敷、そして2階には麻縄で編んだ力強いはりを見せた多目的ホールがある。別館に足を踏み入れたとき、なんとも懐かしい感覚を覚えた。聞けば、この別館は、昭和44(1969)年に、富山県越中五箇山から、二百数十年たった合掌造りの建物を移築再生して使用しているという。 
 
 この京都で、幼き頃に体験した合掌造りのすてきな思い出に、再度触れることのできた、素晴らしいひとときであった。