狩野派絵画を庭園にみる

 京都市右京区花園にある臨済宗妙心寺派大本山の寺院「妙心寺」。平安の時代よりこの地域には、四季折々に美しい花が咲く花畑が多くあり、いつしか、人々はこの地を「花園」と呼ぶようになった。建武4(1337)年、花園法皇が自らの離宮を、禅寺へと改めたのがその始まりであり、現在では、日本にある臨済宗寺院約6000カ寺のうち、約3400カ寺を妙心寺派が占めている。

 広大な敷地には46の塔頭寺院が立ち並び、「退蔵院」もそのひとつ。応永11(1404)年の創建以来、600年以上の歴史を持つ山内屈指の古刹である。山水画の始祖、如拙(じょせつ)による初期水墨画の代表作、国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」を所蔵することでも知られ、如拙の画風は、後に雪舟狩野派の画家達に大きな影響を与えることとなる。

 退蔵院の境内には、大きく分けて二つの庭園があり、そのうちのひとつは枯山水庭園である「元信の庭」。重要文化財である方丈の西側に位置するこの庭園は、室町時代の画聖・狩野元信(狩野派)の作品である。国内にある多くの枯山水庭園が、著名な禅僧や造園家が作者であるのに対し、画家が作庭を行っていることは大変興味深い。50坪あまりの敷地の中で、水が滝より大海に流れ込むまでの様子を白砂によって表現している。築山の足下に蓬莱山石組を据えながら枯滝を配し、枯池には亀島、そしてこれに石橋をかけた奥行きのある表現は、独特の風格を備えている。有名な「龍安寺石庭」と比べると、画家らしく絵画的で曲線と常緑樹を主流とした優美な趣である。自分の描いた絵をもう一度立体的に表現しなおした、画家・狩野元信の最後の作品となっている。